当窯は、文化勲章を受章した陶芸家・青木龍山により、昭和39(1964)年に創業された有田焼の作品を創作している工房です。

有田焼の伝統にありながら、黒釉(天目)という異色の美を主軸に据え、 一切の妥協なく独自の美意識を貫いた陶芸家――青木龍山。 龍山が築いた美と信念は、時を超えてなお、後継の手により息づいております。

青木龍山窯の器

青木龍山窯の器

有田焼において異例とも言える、黒釉(天目)に主軸を置いた作風となっており、装飾性を排し、静けさの中に激しさを秘めた造形と釉調に集中した緊張感のある器が特徴です。

青木龍山窯は、外の派手さではなく、内に秘めた強さと余白の美を重んじており、土と火と向き合いながら、手が導く形と色に従う姿勢を大切にしてきました。 「感動する心がなければ、芸術じゃない」——

その信念のもと、見る人、使う人の心に届く器を志し続けています。

器
器
青木龍山窯の器

これまでの歩み

青木龍山の歴史

当窯の創設者・青木龍山の家系は、明治32(1899)年、龍山の祖父・青木甚一郎が陶磁器製造会社を営むなど、代々にわたり製陶に携わってきました。

その系譜を受け継ぎ、昭和39(1964)年、青木龍山が自らの窯を構えたのが「青木龍山窯」の始まりです。以後、龍山は独自の天目作品を展開し、日展や日本現代工芸美術展を舞台に活躍。文化功労者、日本芸術院会員を歴任し、平成17(2005)年には文化勲章を受賞しました。そして平成20(2008)年、81歳でその生涯を閉じました。

青木清高について

その後、龍山の長男・青木清高が青木龍山窯を引き継ぎ、二代目窯主として青磁を中心に創作を行いました。日展や日本現代工芸展でも高く評価されましたが、平成27(2015)年、57歳で逝去いたしました。

青木清晃について

現在は、清高の長男・青木清晃が先代の意志を継ぎ、三代目として窯を守りながら創作に取り組んでいます。

これからの想い

これからの想い

青木清晃

青木龍山窯では、代々受け継がれてきた技と精神を大切にしながら、いまを生きる人の心にそっと寄り添うような作品づくりを目指しています。

私自身、人との関わりが得意ではなく、うまく気持ちを伝えられなかったり、相手の想いに気づけず、戸惑うことがあります。 一生懸命に向き合っても、空回りしてしまうこともあり、人との距離のとり方に悩むことも少なくありません。いつしか、「人と関わること」に、怖さを感じるようになりました。

それでも、土と向き合っているときは、ふっと心が静まります。 器というかたちを通じてなら、言葉にできない思いも少しずつ伝えていけるのではないか──そんな気がするのです。

伝統の天目に、いまの自分を重ねながら、たとえゆっくりでも、ものづくりを通じて人とつながっていけたら。 それが、私なりの小さな希望であり、これからも続けていきたい挑戦です。

青木龍山窯三代目窯主 青木清晃